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 「井仁」ってなに...?

広島市から車で一時間で行けます!

井仁棚田は、広島県山県郡安芸太田町筒賀村にあり、広島市から北西に約60kmに位置しています。

井仁の棚田は、まるで桃源郷のようです。

井仁地区は標高450~550mに位置し、四方を山に囲まれてた美しい棚田が広がっています。井仁地区の水田に引き入れている水は質が高いため品質の良いコメが生産されています。また、広島市内を流れ太田川の上流に位置しているため、水源涵養や環境、国土保全の観点から重要な役割を果たしています。

井仁の棚田は、「日本の棚田百選」に選ばれました!

井仁棚田は、平成11年に広島県内で唯一、農林水産省の「日本の棚田百選」に選ばれましたが、地域内の高齢化により維持が難しい状況となっています。現在では、維持や保全、地域の活性化を目的として、田植え体験会や棚田オーナー制度の導入などの活動を行っています。

井仁の棚田の水は、美味しい水です!

井仁の源流水を広島国際院大学に分析していただいたところ、世界遺産である屋久島縄文水や白神山地湧水にほぼ匹敵する水質の名水であるということが分かりました!

名水授与式の様子。

 井仁の歴史

井仁の歴史は、室町時代から始まっています。

「井」は丸い、「仁」は村・集落の意味があり、山を開墾して出た石を積み重ねて棚田が築かれました。井仁で最も古い石垣は戦国時代(約500年前、室町後期)のものと推測されています。秀吉の朝鮮出兵(1592~1598)のとき、向こうの石割りや石積みの技術を習得して帰った人たちによって、広めたといわれています。

明治 7年・・・「小学自由舎」創設(明治13年に井仁小学校に改名)
明治37年・・・全戸64戸の記録あり
昭和15年・・・用水確保のため、山向こうから延長約5kmの用水路を完成
昭和25年・・・井仁隋道(人道トンネル)開通
昭和32年・・・井仁小学校新校舎落成
昭和33年・・・上水道完成
昭和35年・・・井仁トンネル開通
昭和50年・・・井仁小学校休校(児童数3名)
平成 9年・・・下水道完成
平成10年・・・第1回「井仁棚田まつり」開催
平成11年・・・農林水産省「日本の棚田百選」に認定・猪防護柵完成
平成12年・・・広島県より「景観づくり大賞」に選ばれる
平成14年・・・展望台・休憩所・案内看板などが設置
平成16年・・・町村合併により「安芸太田町」となる
平成17年・・・第7回より「井仁棚田体験会」と名称改め、田植えと収穫の部を開催
平成23年・・・井仁地区マスタープラン<基本計画>作成
       地域自主活動組織「いにぴちゅ会」を発足
平成25年・・・井仁小学校閉校。「井仁棚田交流館」として活用。
平成27年・・・アメリカのニュース専門放送局「CNN」のWEBニュース特集
       「Japan's 31 most beautiful places(日本の最も美しい場所“31選”)」
       で広島県では世界文化遺産の『厳島神社』とともに安芸太田町『井仁の棚田』
       が選出される。
       ⇒日本の最も美しい場所31選(Japan’s 31 most beautiful places)

昭和初期

昭和初期の棚田の様子。

昭和初期

昭和初期と思われる、約180人が写っている。道下(現在の交流館の地)は運動場だった。

昭和初期

昭和10年代。井仁のすぐ下、中の原方面。昭和12年頃「一枚田」までしか車が上がらなかった。

昭和初期

現在の交流館が新築された時の落成記念、大人70人・子供75人が写っている。(昭和31年12月)